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大阪地方裁判所堺支部 平成2年(ワ)758号 判決

原告

古川達郎

福井松男

右訴訟代理人弁護士

吉田義弘

被告

堺市

右代表者市長

幡谷豪男

右訴訟代理人弁護士

重宗次郎

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的請求)

被告は、

(一) 原告古川達郎に対し、別紙物件目録一及び二記載の土地を引き渡せ。

(二) 原告福井松男に対し、別紙物件目録三記載の土地を引き渡せ。

2  (予備的請求)

被告は、

(一) 原告古川達郎に対し、平成二年九月一四日から別紙物件目録一及び二記載の土地についての道路供用廃止に至るまで一ヶ月当たり金四八万三〇〇〇円を支払え。

(二) 原告福井松男に対し、平成二年九月一四日から別紙物件目録三記載の土地についての道路供用廃止に至るまで一ヶ月当たり金七四万三〇〇〇円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (譲渡担保設定契約と仮登記)

(一) 原告古川達郎(以下「原告古川」という)は、昭和五六年一〇月一九日ころ、訴外新興土地株式会社(以下「訴外会社」という)に対する左記の貸金債権を担保するため、当時訴外会社が所有していた別紙物件目録一及び二記載の各土地(以下本件「一・二土地」という)を含む五筆の土地について、同社と譲渡担保設定契約を締結してこれについての仮登記を経由し、昭和五六年一一月三〇日、右各土地所有権を確定的に取得した。

(1) 貸付日 昭和五六年一〇月一九日

(2) 貸付金額 金三一〇〇万円

(3) 弁済期 昭和五六年一一月三〇日

(二) 原告福井松男(以下「原告福井」という)は、昭和五六年一二月一日、訴外会社に対し手形割引により金三〇〇〇万円を貸し付け、当時訴外会社が所有していた別紙物件目録三記載の土地(以下「本件三土地」という)について同社から担保の設定を受けてこれについての仮登記を経由し、昭和五九年四月一日、右土地所有権を確定的に取得した。

2  (本件一ないし三土地の占有)

被告は、訴外会社から本件一ないし三土地(以下「本件各土地」という)の寄付を受け、市道としてそれらの供用を開始し、現在もその状態で管理・使用している。

3  (原告らと被告の対抗関係)

被告は、本件各土地の取得に関して未登記のまま放置していたものであるが、昭和五九年に原告古川に対して本件一・二土地の、昭和六三年に原告福井に対し本件三土地の前記各仮登記の抹消登記手続訴訟を提起し、いずれも原告らの仮登記の有効性が認められて被告の敗訴が確定したのであるから原告らの所有権取得が優先する。

4  (主位的請求のまとめ)

よって、原告古川は本件一・二土地について、原告福井は本件三土地について、各所有権に基づきそれぞれの引渡しを求める。

5  (特別の犠牲―予備的請求原因)

かりに、本件各土地の引渡請求が認められないとすると、原告らは本件各土地に対する権利を制限され、特別の犠牲の下にそれらを公共の用に供していることになる。そして、特別の犠牲を金銭に評価すると、原告古川は一ヶ月当たり金四八万三〇〇〇円、原告福井は一ヶ月当たり金七四万三〇〇〇円となる。

6  (予備的請求のまとめ)

よって、憲法二九条三項に基づき、

(1) 原告古川は被告に対し、本件訴状送達の日の翌日である平成二年九月一四日から本件一・二土地について道路供用廃止に至るまで一ヶ月当たり金四八万三〇〇〇円の支払いを、

(2) 原告福井は被告に対し、右同日から本件三土地について道路供用廃止に至るまで一ヶ月当たり金七四万三〇〇〇円の支払いを

それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)(二)の事実のうち、原告ら主張の仮登記がなされていることは認めるが、その余の事実は知らない。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実は、原告らの所有権取得が優先するとの点を除き、認める。

4  請求原因5の主張は争う。

原告らは本件各土地について道路法四条の制限が加えられた状態の所有権を取得したにすぎず、被告に対するそれらの引渡請求が認められなくとも、それは原告らに新たな制限が加えられたものではないのだから、補償を必要とする損失を被ったとはいえない。

また、原告らの補償請求は具体的根拠法条を欠いており認められない。

かりに原告らの請求が憲法二九条三項に直接基づく具体的請求だとしても、この請求権は具体的要件が不明確で未だ実体上の権利として確立していない。

三  抗弁

1  (弁済)

原告古川に対する請求原因1(一)の貸金債務は大部分弁済したし、同人と譲渡担保設定契約を締結した五筆の土地のうち、本件一・二土地以外の土地を取得したことにより、右貸金債務は完済された。

2  (道路法四条による制限―主位的請求原因に対して)

被告は、昭和三九年一〇月一七日ころ、訴外会社から本件各土地を市道敷地用として寄付を受け、その引渡しを受けた後、それらを堺市の市道路線として認定し公示をするなどして適法に供用を開始したものであるから、本件各土地の所有権の行使については道路法四条の制限(所有権の移転及び抵当権の設定・移転以外の私権を行使することができない)が加えられる。この制限は本件各土地が公の用に供せられた結果発生するもので、それらに対する使用権原に基づくものではないから、現在、被告が対抗要件を欠くために本件各土地の使用権原を原告らに対抗できなくとも右制限は消滅しない。従って、右供用開始後に本件各土地の所有権を取得した原告らは右制限の加わった状態における土地所有権を取得したにすぎず、被告に対して本件各土地の引渡を求める権利は認められない(最高裁昭和四四年一二月四日第一小法廷判決参照)。

3  (権利濫用―予備的請求原因に対して)

本件における事実関係の下で、公の道路として現在多面的に交通の用に供されている本件土地の公共性及び公益性に照らすと、本件補償請求は権利の濫用として許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁2の事実のうち、被告が訴外会社から本件各土地の寄付を受け、市道としてそれらの供用を開始したことは認め、主張は争う。

被告は本件各土地の所有権取得について対抗要件を具備しておらず、それを原告らに対抗できないのであるから、被告が本件各土地についてなした道路の供用開始は権原なくしてした無効なものである。従って、道路法四条の適用はなく、原告らの所有権に基づく本件各土地の引渡請求は制限されない。

2  抗弁3の事実のうち、本件土地が公の道路として交通の用に供せられていることは認め、その余は争う。

原告古川は本件一・二土地が道路敷であることを知らずにそれらを取得し、原告福井は道路敷地以外の担保価値のある残地部分があると認識して本件三土地を取得したのであるから、原告らの損失補償請求が権利濫用として許されないとはいえない。まして、本件土地が交通の用に供されているという公共性、公益性のみをもって原告らの損失補償請求が権利濫用にあたるといえないことは明白である。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一原告らの請求原因について

原告らは、本件各土地が訴外会社から原告らと被告に二重に譲渡されていることを認めながら、自らは本件各土地につき本登記を経由せず、仮登記のままでその所有権の取得を被告に対抗できるものとして本訴請求をなしている。しかし、原告らと被告が対抗関係にあることは明らかであるから、この点につき被告に対抗しうるというためには、原告らは自ら対抗要件を具備していることを主張する必要があるところ、本件では対抗力のない仮登記を経ているとの主張にとどまり本登記を経由している旨の主張をしていない以上、原告らの請求は主張自体失当といわざるを得ない。

右のとおり原告らの請求は失当として棄却を免れないが、原告らが本訴以降本登記を経由し、本件各土地についての対抗要件を具備することは必ずしも困難ではないと考えられること等の事情をも考慮し、以下念のため原告らの主位的予備的請求の当否についても判断することとする。

二道路法四条の制限(抗弁2)について

当事者間に争いのない請求原因2の事実に加えて、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨を総合すると、被告は、昭和三九年一〇月、道路法八条に基づいて堺市市道路線を認定するとともに、同法一八条一項、二項に基づいて右路線の道路区域の決定をし、本件各土地を含めた敷地の寄付を受けた上で右に決定した道路区域の供用を開始したこと、それらについてそれぞれ告示をしたこと(敷地の寄付を受けたことについては除く)が認められる。

このように、被告は、昭和三九年一〇月に、本件各土地について手続きに従って道路として適法に供用を開始したものであるから、その時点から、本件各土地は道路敷地として道路法四条の制限(所有権の移転及び抵当権の設定・移転以外の私権の行使ができない)が加えられることになったというべきである。ところで、他人の土地について何らの権原を取得することなく道路として供用を開始できないことは当然であるから、ある土地について道路として適法に供用を開始するに際してはそれについて権原を取得する必要があり、その限度でかかる制限が道路敷地に対する被告の権原の取得と密接な関係があることは否定できない。しかし、道路法四条は道路としての目的を達成させるために規定されたものであるから、右制限は、あくまで道路敷地が適法に供用開始されて公の用に供された結果生ずる特殊な規制というべきであって、当該土地の権原に基づくものではない。したがって、当該道路の供用開始が適法になされた以上、右制限は以後の道路管理者の権原の得喪にかかわらず、道路の廃止がなされない限り存続するのであって、当該道路の供用開始後、道路管理者がその敷地所有権の取得に関し対抗要件の具備を怠っているうちに、第三者がそれについて所有権を取得して対抗要件をも具備し、以後道路管理者が右第三者に右敷地所有権を対抗できず現在権原がないことに帰着したとしても、そのことは右制限の存在に影響を与えるものではなく、右制限は消滅するものではない。そうすると、かりに原告ら主張の時期に原告らが本件各土地所有権を取得したことが認められ、今後対抗要件を具備したとしても、それらのことは、被告の道路敷地としての供用開始後であることが明らかであるから、原告らは当初から道路法四条により既に前記の私権行使が制限された本件各土地所有権を取得したにすぎず、右制限は依然存続することになる。そうすると、原告らの本件各土地の引渡請求権の行使は道路法四条により制限され許されないことは明白であるから、かりに主位的請求原因が認められ、原告らが本登記を経由したとしても、原告らの本件各土地の引渡請求は理由がない。

なお、原告らが対抗要件を具備するとその所有権取得は被告に優先し、被告は本件各土地所有権の取得を確定的に対抗しえなくなるが、そうだといって遡って供用開始当時の権原取得行為や供用開始行為が当然に違法視されることになるものではなく、道路法四条の制限の存在にも消長を来さないのであるから、この点についての原告らの主張も理由がない。

三憲法二九条三項に基づく補償請求(請求原因5、6)について

道路法は、同四条による制限に関し、とくに補償について定めているものではないが、法律上の根拠規定を欠いていても、公共の福祉のためにする一般的制限で何人も受忍すべきものとされる範囲をこえて特定の人に特別の犠牲を強いる場合には憲法二九条三項に基づいて直接補償請求をなしうる余地があるとするのが相当である(最高裁昭和四三年一一月二七日大法廷判決・刑集二二巻一二号一四〇二頁参照)。しかしながら、本件においては、原告らが本件各土地を取得した際の具体的状況は必ずしも明らかではないが、原告らは、前述のとおり少なくとも道路として既に前記のような客観的制限を受けていた状態の土地の所有権を得たにすぎず、完全円満な所有権を得た後に新たに制限を加えられたという事情にないことは明らかである。そうすると、原告らは、そもそも本件各土地が従前と同様の状態で被告によって道路敷地として使用されることによって、何らかの補償を受けるべき損失を被ったものとはいい難く、したがって、また右制限にいう特別の犠牲を強いられているとはいえないというべきである。

よって、かりに主位的請求原因が認められ、原告らが本登記を経由したとしても、憲法二九条三項に基づく補償請求もまた認められない。

四以上のとおり、原告らの本件各請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中田忠男 裁判官森野俊彦 裁判官山崎秀尚)

別紙物件目録

一 堺市〈番地略〉

雑種地 99.00平方メートル

二 堺市〈番地略〉

公衆用道路 99.00平方メートル

三 堺市〈番地略〉

公衆用道路 297.00平方メートル

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